1. 「日本人宇宙飛行記念日」とは?
12月2日は「日本人宇宙飛行記念日」です。
この日は、日本人が初めて宇宙へ旅立った日として記念されています。
1990年(平成2年)12月2日、宇宙飛行士の秋山豊寛(あきやま とよひろ)さんが、
ソ連(現ロシア)の宇宙船「ソユーズTM-11号」に搭乗し、
日本人として初めて宇宙へと飛び立ちました。
まさに、日本の宇宙開発史において記念すべき日です。
2. 初の日本人宇宙飛行 ― 秋山豊寛さんの挑戦
秋山さんは、元TBS(東京放送)の報道記者でした。
彼は宇宙開発の専門家ではなく、民間人として選ばれた初めての宇宙飛行士だったのです。
当時のソ連とTBSの共同プロジェクトとして実現したこの宇宙飛行は、
世界中から注目を集めました。
1990年12月2日、秋山さんはソユーズTM-11号で打ち上げられ、
宇宙ステーション「ミール」に滞在。
宇宙からTBSのニュース番組に生中継で出演し、
「こちら宇宙です!」という第一声で日本中を驚かせました。
この映像は今でも語り継がれる名シーンとなっています。
3. 「日本人初の宇宙飛行士」はなぜ記念すべきことなのか
秋山さんの宇宙飛行は、
単なる個人の功績にとどまらず、日本の宇宙時代の幕開けを告げる出来事でした。
それまで宇宙開発はアメリカやソ連の独壇場。
しかし、この出来事をきっかけに、
「日本人も宇宙へ行ける」という夢が現実味を帯びました。
後に、毛利衛さん(1992年)や向井千秋さん(1994年)、若田光一さんなど、
多くの日本人宇宙飛行士が誕生していきます。
つまり12月2日は、日本の宇宙開発の第一歩を記念する日なのです。
4. 秋山さんが宇宙で伝えたメッセージ
秋山さんは宇宙からの中継で、印象的なメッセージを残しました。
「地球は青かった」
この言葉は1961年にガガーリンが言った名言として有名ですが、
秋山さんも宇宙から見た地球の美しさを語りました。
さらに、彼は宇宙での体験を通して、
「地球はひとつ」「国境なんて見えない」と感じたそうです。
この言葉には、地球全体を一つの存在として見る視点の大切さが込められています。
まさに、宇宙を体験した人だからこそ語れる深いメッセージです。
5. 日本の宇宙開発のその後
秋山さんの挑戦から約30年以上が経ち、
日本の宇宙開発は大きく進歩しました。
- JAXA(宇宙航空研究開発機構)の設立
- 国際宇宙ステーション(ISS)への参加
- 若田光一さん、野口聡一さん、金井宣茂さんなどの活躍
- 小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」の成功
今では、日本人が宇宙で長期滞在したり、
科学実験を行ったりすることも珍しくなくなりました。
そのすべての始まりが、1990年12月2日、秋山豊寛さんの挑戦だったのです。
6. 宇宙の日との違い
「宇宙の日」という記念日は毎年9月12日(ユーリ・ガガーリンの世界初飛行にちなんだ日)に制定されています。
一方で、12月2日の「日本人宇宙飛行記念日」は、
“日本人が初めて宇宙へ行ったこと”を記念する特別な日です。
世界の宇宙開発における節目のひとつとして、
この日を覚えておくと良いでしょう。
7. まとめ
12月2日の「日本人宇宙飛行記念日」は、
1990年に秋山豊寛さんが日本人として初めて宇宙に旅立ったことを記念する日です。
この日があったからこそ、今の日本の宇宙開発があり、
多くの人が宇宙を目指す夢を持つようになりました。
宇宙を見上げるたびに、
あの日の「こちら宇宙です!」という声を思い出してみてください。

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